東京事変 NEW ALBUM 『音楽』 LINER NOTES

「本当は、2020年は全部乗せでいこうと思っていたんです」

2020年1月1日に8年ぶりの「再生」を発表した東京事変。その後、2020年2月から4月にかけての全国ツアーが中断となって以来、初めてとなる取材の場で、椎名林檎はそう言った。「全部乗せ」というのは、今やメンバー全員が超売れっ子ばかりの「スーパーバンド」となった東京事変の全国ツアーとレコーディング。そして、椎名林檎が演出企画チームの一員だった東京2020オリンピック・パラリンピック開閉会式での任務のことだ。これまで椎名林檎が自身の仕事に課してきた濃度と密度で、そのすべてが実現した際の負荷を想像するだけで気が遠くなりそうになるが、ご周知の通り、パンデミックを境に世界も日本もそれまでとはまったく異なるパラレルワールドに突入してしまった。そして、このパラレルワールドでは、これまで頻繁にファンやリスナーから語られてきた「東京事変と閏年の関係」もリセットされた、ということなのかもしれない。2021年6月9日、東京事変にとって実に10年ぶりのオリジナルフルアルバム『音楽』がこうして世に放たれることとなった。

「アルバムは出そうと思えば2020年に出せる状態ではあったんです。メンバーからバトンは渡されていて、残っていたのは私個人の作業でした。でも、昨年は事変のもう一つの本業である、ライブ活動について少し考えあぐねていたところがあって。アルバムで初めて収録される曲に関しては、今年の一月から三月に詞を書いて、歌を録って、全体を仕上げたものです」

東京事変にとって6作目のフルアルバム『音楽』は、結果として、緊急事態宣言が何度も繰り返されるというまさに「事変下」にある現在の東京のあり様、そして現在の日本のあり様を生々しくキャプチャーした、いつになくダイレクトでドキュメンタリー性の高い作品になっている。

「建造物を新しく建てる時、その外壁に現地の砂を混ぜるように、作詞段階で現地の砂を混ぜて仕上げるというのが、ずっと変わらない自分のやり方です。だから、もし今の時代、この場所の砂に何かが入っていたとしたら、それが良いものであれ悪いものであれ、リリックが物語ってしまうでしょうね。しょうがないことです」

東京事変のシンボルである「孔雀」をそのままタイトルにした『音楽』のオープニングトラックで、いきなりマイクチェックから始まってラップでメンバー紹介する椎名林檎は、そのままシームレスに般若心経を読んでいく。「椎名林檎」としての現時点での最新アルバム『三毒史』のオープニングトラック「鶏と蛇と豚」とも呼応するその仕掛け。8年のインターバル(実際にはその期間もこの5人で、あるいはそれぞれのメンバーと、コラボレーションを果たしてきたわけだが)を経て、「東京事変」の表現と「椎名林檎」の表現との距離がより近くなってきたようにも思える。

「甚だ烏滸がましいたとえで恐縮ながら、林檎名義はPRADA、事変はMIU MIUみたいな、姉妹ブランドのようなつもりなんです。今回、事変をもう一回始める時にその話をメンバーにしたら、みんなもそう思っていた、と。もっと申し上げるなら、事変はよりユニセックスでよりスポーティで、なるべくフットワーク軽く受け取ってもらえるストリートカルチャーであって欲しい。最初からバンド編成が決まっていて、管も弦も使わずこの5人で目の前にある道具だけでなんとかするというのが事変の基本です。逆に言えば、なんでもありです。それと……デビューしたばかりの頃ならまだしも、20代は、自分がポンと思ったことを書いたり発したりすることがすごく難しかったんですよね。10年以上ずっとそういう抑圧の中にいた。もちろん表現したいものは溢れていたものの、もし20歳そこそこで『音楽』や『三毒史』のような作品を出したとして、きっと世の中で説得力をもって鳴らなかったと思うんです。今は、ようやく自分に似合う年齢になったという気がしています」

「自分に似合う年齢になった」上で、そこに東京事変でしかできない表現があるとしたら、それは何なのか? 冒頭のラップだけでなく、いつになくファンクやソウルの要素が前面に出ている曲も多く収められた本作から強く感じるのは、虐げられている民衆の声にならない声を代弁し、現状を憂うだけではなく時にはユーモアで吹き飛ばし、未来を担う次の世代に真摯なメッセージを投げかける、プロテスト・ミュージックとしての切実さだ。

「『三毒史』はこの世の中に毒が蔓延していることをふまえて、今起こっていることをそのまま実景としてスケッチしただけの作品でして、事変では、その起こっていることについて一人の市井の民として話し合うということをタブーにはしてないんです。あまり思慮深くはないというか、なんでもかんでも口にしてしまう(笑)。もちろん、そこにもメソッドはあって、最終的にきちんとしたクオリティのものに仕上げねばとは思うわけですけど」

改めて、今回の東京事変のアルバムをそのものズバリの『音楽』と名付けた、その理由を訊いてみた。

「深い考えはないんです。すべては自ずと決まっていくものだと思っています。今回のタイミングは満場一致で『音楽』でした。でも、もしかしたらここまでずっと取っておいたのかもしれません。アダルト、バラエティ、スポーツチャネルなどに取り組む前にミュージックチャネルに着手していたら、そこで活動が終わっていたのではないかという気もします」

(宇野維正)