NEW EP『ニュース』ライナーノーツ

――2020年閏年。再生装置の向こうから、彼らが帰ってきた。

今年の元旦、東京事変は新曲「選ばれざる国民」の配信リリースと共に“再生”を宣言した。

「「閏年がやってきた」。これに尽きます。ミスター&ミセス閏年としてしばしのキャンペーンへお付き合いいただけますと幸いです」(椎名林檎)

8年ぶりの新作となるEP『ニュース』は、全5曲の作詞を椎名林檎が担当し、作曲を椎名、亀田誠治、刄田綴色、浮雲、伊澤一葉がそれぞれ1曲ずつ手掛けている。

「メンバーそれぞれの出汁がより強まって、水分も飛んで煮詰まっちゃったルーのような。より特徴が強調されています」(椎名)

思えば、彼らが解散前にリリースした『color bars』(2012年)もメンバー全員が1曲ずつ作詞作曲を手掛けた全5曲入りのEPだった。解散間際にも関わらず、あまりに野放図で、伸び代に溢れ過ぎていた作風を指して、当時の椎名が苦笑交じりに「惨劇」と評していたのも、今では微笑ましい思い出だ。

「各々が解散から今日までの時間を目一杯生きてきたからこそ、いまこうして再会している5人の関係が密なんだろうなと感じます」(椎名)

そもそも“NEWS”という言葉は“新しいこと(NEW)”の複数形だが、言わば今回の『ニュース』は、まさしく彼らが最新のモードで描いた『color bars』の“続き”と言えるだろう。

「この時代に起こっている事件を五つの切り口から報道する形式で描くのが、いま我々のやるべきことだと思えました」(椎名)

『ニュース』は浮雲が作曲した「選ばれざる国民」で幕を開ける。シニカルなリリックとヒップなアンサンブルが冴え渡るこの曲は、「某都民」(※「娯楽(バラエティ)」(2007年)に収録)の続編として描かれている。

「世の中で何か起こる度に、「ああ、我々下々なんだな」とつくづく思い知らされる。でも、そもそも“選ばれし国民”である状態なんて経験したことないし、知ったこっちゃないし、むしろ絶対に嫌じゃないですか。やっぱり地に足を着けて、悩み苦しみたい。仮にそれが何かの利益のため片務的に仕組まれたものだとしても、一向に構わない。清濁併せ呑みたい。いつも書いて来た内容ですが、今回は報道タッチで挑みました」(椎名)

続いては伊澤の作曲による「うるうるうるう」。スリリングな展開からラテンなサビへと心地よく誘われる情熱的なナンバーだ。

「キー設定も私の声質に限って見れば特殊だと思うし、プレイヤーとしての幅を広げることなども伊澤はきっと意識してくれていますよね。アウトロのスキャットは、浮雲のみならず、伊澤も刄田も特徴的な低音の持ち主なので今回は三人に頼みました。早くみんなと生で演奏したいです」(椎名)

オーセンティックなフィーリングが香るポップな「現役プレイヤー」は亀田の作曲だ。飽くなき更新と成長へのポジティヴィティに溢れたこの曲は“WOWWOWテニス2020シーズン”イメージソングのタイアップが決定している。

「ブルーズというか、事変における師匠の新しい側面が感じられました。用意された食材を囲み、初めて挑む調理法を全員で考える。師匠の曲には毎度そういう独特の面白味があります。結果、人間誰しも命が資本でアスリートであるという視点から描写するに至りました」(椎名)

オルタナティブなサウンドがドラマティックに鳴らされる「猫の手は借りて」は刄田の作曲である。“猫”は椎名と刄田の人生において必要不可欠な存在である。

「猫は信仰です。コードワークは弦楽器をたしなんでいる人の手癖のような響きですよね。元々の素養からして当然なんですけど、アカデミックな側面を彼は隠したがるものですから、こうして改めて作品として残せて幸せです。他の4曲では必ず「人生」という語句を用いていますが、この曲では敢えてそれを避け、即物的な行為をより無自覚で無造作なまま描こうとしました」(椎名)

ラストを飾る椎名の作詞作曲による「永遠の不在証明」は、劇場版『名探偵コナン 緋色の弾丸』の主題歌である。このタイアップの情報解禁に寄せて、彼らは「暗躍モノこそ十八番」というコメントを発表していたが、その自負通りのクオリティを誇るミステリアスな一曲として仕上っている。

「だって頼まれてもいないのに、二十年以上ずっと、アウトローとしてしつこく裏社会を描いて来たんです。こうして、晴れて然るべき場へ書かせていただけて本当に光栄です」(椎名)

作家のキャラクターもテーマもメロディもアレンジも異なる全5曲は、しかし、それぞれの曲が呼応するかのように散りばめられた椎名一流のボキャブラリーと表現力豊かなヴォーカルによって、見事に統べられている。

「ニュースというチャンネルのなかでも、様々な切り口が用意されますよね。つまり、一見、関連が無さそうなそれぞれのトピックが、実は関わり合っている。視聴者各々が主体的かつ総合的にトピックをピックアップしていかなければ、自分の人生に関わる情報にはなり得ない。もっと言うと、その情報の取捨選択の仕方そのものが各人のアイデンティティになる。本作5曲通じて“私は誰?”と問うていますが、それ自体がニュースの存在価値の本質だと私は考えているのです」(椎名)

前述の通り、彼らの“再生”と「選ばれざる国民」が発表されたのは今年の元旦だった。無論、その時はまだ、今春、世界が今日のような未曾有の事態に直面することなど、誰も知る由がなかった。

――2020年閏年。新しい東京事変の『ニュース』は、いまこの瞬間を生きる貴方に、どんなトピックをもたらすのだろうか。 

(内田正樹)